スポーツ競技の最近のブログ記事

柔道で、心も強く

「精力善用」「自他共栄」を基本理念とし、競技における単なる勝利至上主義ではなく、身体と精神の鍛錬と教育を目的としている(講道館師範嘉納治五郎先生遺訓「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である。

その修行は攻撃防禦の練習に由つて身体精神を鍛錬修養し、斯道の神髄を体得する事である。

さうして是に由つて己を完成し世を補益するが、柔道修行の究竟の目的である。」)。広く各国で普及し、オリンピック種目にもなっている。国際競技団体は国際柔道連盟(IJF)である。

日本のキックボクシング

ムエタイとよく似ており、ローキック、肘打ち・ボディ及び顔面への膝蹴りを認めている

ボクシング同様3分1ラウンドで1分の休憩を挟む形式が主流で、タイ国内におけるムエタイのように休憩に2分取ることは稀である。

ラウンド数は3?5であり、3Rは新人選手、トップ選手の場合は5Rで行ってきたが、K- 1の影響もあって3Rで試合を行うケースが増えてきている。

武道という格闘技

「武道」という言葉は江戸時代には武士道のことを指したが、江戸時代後期頃から武術のことも指すようになった。
明治時代に、武術は廃れ、武術興行などを行いなんとか命脈を保つ状態となった。このような中、嘉納治五郎は柔術を独自に理論化・合理化した講道館柔道を開き乱取り稽古を盛んに行い大いに栄えた。


これを参考に日清戦争直後の明治末から大正にかけて、これまでの技術が主となる内容ではなく教育的効用や精神修養を重んじる風潮となり(剣道家の高野佐三郎の歌にも「剣道は神の教えの道なれば やまと心をみがくこの技」とある)日本の伝統的な戦闘技法である武術を精神修養としての道とし、学校教育に採用した。




その背景について、福島大学教授の中村民雄や筑波大学名誉教授の渡辺一郎らの研究によると、武術興行などを行い堕落した(とみなされた)武術と区別するために、教育的に有用である真剣な修行という意味で「武道」という名称を用いたのであるという。


この時に武道と呼ばれた内容は、現代武道、伝統武術の区別はなかったが、伝統武術のみを指す場合は「古武道」・「古流」などと呼ばれる事が多い。近年は「古武術」と呼ぶ場合もある。


ボクシングスポーツ世界王・亀田はすごい

デビュー以来日本人選手との対戦が一度もなく、その知名度からしばしば日本人からの対戦要求を受けてはいるが、プロデビューから6年にわたり日本人との対戦を行わなかった。特にWBC世界フライ級チャンピオンの内藤大助は、かつて興毅に「6回戦レベルの選手」などと挑発され、数度にわたり公の場で対戦を希望していた。


だが内藤は、亀田大毅との世界タイトルマッチにおいて目潰しや投げ技などの、選手生命にも影響を及ぼしかねない程の度重なる反則行為を受けたことから「自分の身体の方が大事。あんな反則を受ける位なら、もう二度と亀田家とは試合をするつもりはない」と対戦拒否を表明するも、大毅が内藤に謝罪をして和解が成立した。




興毅はその内藤と、2009年11月29日にWBC世界フライ級のタイトルを賭け対戦、判定勝利を収め2階級制覇を達成した。
興毅のデビューから8戦目まで対戦相手は全てタイ選手である。こればかりが理由というわけではないが、JBCは2007年7月24日にタイ選手の出場を制限する処置をとっている

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